先日掲載した内容の反響がいつも以上に大きかったので、補足として別の裁判例をご紹介したいと思います。
先日は「配転命令に従う必要がない」パターンでしたが、
今日掲載するのは「配転命令に従う必要がある」パターンをご紹介したいと思います。
配転命令に従う必要が”ない”パターンは以下の記事に記載しておりますので、
ご参考にしてくださいね。
再度、配置転換命令が正当に成り立つ要件についてご説明します。
※裁判の判決は各事案ごとに判断されるため、ここに記載されているものあくまでも参考程度としてご覧ください。また、法の要点をお伝えするために判旨などは一部省略している部分もあります。
会社は、労働協約や就業規則に、会社都合で転勤を命ずることができる旨を記載していることを前提として、労働者の個々人の同意がなくても配転命令を出すことができる。
でも、下記3点にいずれかに当てはまるような場合は、権利の濫用(※)として配転命令は無効になります。
※権利の濫用=権利として許されていても、必要性がないのに、むやみやたらとその権利を行使すること。
①配転命令に業務上の必要性がないとき
②配転命令が不当な動機・目的でおこなわれたとき
(あいつ、気に食わないから遠方に転勤させちゃえ、っていうパターン)
③労働者に被る不利益が、通常我慢できる程度を超えているとき
本日紹介する事件は、
事件名:東亜ペイント事件
事件番号:昭和59年(オ)1318号
では、まずは事件概要からご紹介しましょう。
<会社Y:背景>
就業規則に「業務の都合で異動を命ずることがあり、社員は正当な理由がないのに拒否することはできない」って書いてある。実際に今までも頻繁に転勤が行ってきた。
<労働者X:背景>
勤務地を限定することなく、会社Yに採用されている。
8年間、神戸営業所で営業職員として働いている。
それでは、ここから裁判の流れはじまり、はじまり~
<会社Y>
神戸営業所から広島営業所へ転勤しなさい。
<労働者X>
家庭の事情があるので無理です。すみません。
<会社Y>
じゃあ、広島営業所のポストには名古屋営業所の者を充てることにするね。
その分、名古屋営業所の空いたポストにはあなたが行ってくれるね?
<労働者X>
無理っす。すんません。
<会社Y>
会社の命令に従わないなんて・・・。それは就業規則の規定にあるように、あなたは懲戒解雇とします!!
<労働者X>
はぁ!?その配転命令は権利の濫用だ(※)!だからその結果につながる懲戒解雇そのものだって無効のはず!訴えてやる!!!
※権利の濫用=権利として許されていても、必要性がないのに、むやみやたらとその権利を行使すること。
という流れで裁判になったわけです。
もう少し背景を押さえておきましょう。
この会社Yは確かに業務上の必要性から、名古屋営業所へのポストを埋めるために後任者が必要だったが、必ずしも労働者Xでないといけないという事情はなく、労働者Xの代わりに労働者Aを名古屋営業所に転勤させたため、業務上の支障は生じることはなかった。
では、労働者Xが配転命令を拒んていたのはなぜなのでしょうか?
ここで労働者Xの背景をもう少し確認してみましょう。
<労働者X>
配転命令が言い渡されたときは、71歳の母親、28歳の妻、2歳の長女と母親名義の家に住んでいました。母親は元気ですが、生まれてからこの地を離れたことがなく、月2,3回は老人仲間と俳句会を開いています。
妻は無認可保育所の保母として勤務し、保育所の運営委員となりました。
職場の保母は全員、正式な資格を取得していないので、保母資格を取得するために勉強もしています。
だから、転勤命令を拒んだんです。
<裁判所1審および2審>
う~ん・・・。そうね!本件の転勤命令は権利の濫用だから無効!よって労働者Xの勝ち~!
<会社Y>
まじっすか!?納得できませんわ!上級裁判所に訴えを申し立てます!
<最高裁判所>
う~ん・・・全国規模の会社Yの神戸営業所で勤めている労働者Xが母親・妻・長女と母親名義の家に住んでいるなど、判示の事実関係のみからでは、権利の濫用にあたるとはいえない。だから、この転勤命令は有効です。
はい、労働者Xの負け~!
※このように、下級審の判決と上級審の判決が相違する場合はかなり重要となります。それが最高裁判所と食い違うときには、よりいっそうの重要性があります。なぜなら、最高裁判所の判決というのは今後の類似する裁判において、同じ理論にて判決が出るようになるからです。(つまり、モデルケースができあがるということですね)
では、どのような法的解釈によって、最高裁判所は下級審の判決をひっくり返したのでしょうか?すなわち、転勤命令は有効と判断したのでしょうか?
(前回の記事では転勤命令は無効だったのに。)
<最高裁判所>
今回、会社Yの転勤命令が有効という判断要素は下記のとおりです。
・転勤命令を発する権限があるのかどうか
・転勤命令が権利の濫用になるかどうか
・転勤命令の対象者となる人選の合理性
というのが今回のざっくりとした内容です。
それではもう少し詳しく説明するね。
まず、「転勤命令を発する権限があるのか」について。
この点は、前回の記事を参考にしていただきたのですが、会社には労働者個人の同意なしに配転命令を行うことができる権利があります。
しかも、きちんと就業規則にもその旨を記載しているので、会社Yの配転命令の権利があることは言うまでもありません。
ちなみに、労働者Xが採用されるときにも「勤務地を限定する」合意はなかった。(つまり、どこでも働きますよ~、ということね。)
では、その次に「転勤命令が権利の濫用になるかどうか」について。
この点も前回記事と冒頭の【重要】でも示したとおり、
①業務上の必要性があること、②転勤命令が不当な動機・目的があってなされるものではないこと、③転勤命令による労働者への不利益が通常我慢できないほどの程度を超えていないこと、
を満たしていれば問題なく、配転命令は権利の濫用とはみなされず、配転命令は有効なものと判断されます。
①②は条件クリアだとお分かりだと思いますが、③の「不利益が通常我慢できないほどの程度」を超えていないかどうかが論点になります。(前回記事の内容も同じでしたね。)
この点について最高裁判所はこのように述べております。
<最高裁判所>
労働者Xの家族状況に照らすと、名古屋営業所への転勤が労働者Xに与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常我慢できる程度のものというべきですね。
だから、この裁判の下級審(高等裁判所のこと)の認定した事実関係から判断すると、転勤命令は権利の濫用にあたりません。
この点がかなり重要ですね。
前回ご紹介した「ネスレジャパンホールディング事件」では、転勤命令を受けてしまうと介護ができないことになる、っていう不利益を加味した結果、「転勤命令は無効」となったのに対し、今回は「転勤命令は有効」となっております。
では、その次「人選の合理性」について。
<最高裁判所>
業務上の必要性についても、転勤先への異動というのは、この人ではないとダメだ、というような必要はないのです。
労働力の適正配置、業務の能率推進、労働力の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的な運営に必要だと認められるのであれば、業務の必要性は認められます。
つまり、組織内のマンネリ化を解消するため、といった程度の理由であっても、配転命令は「業務の必要性」が認められるっていうことです。
しかも、絶対にこの人ではないとダメ、っていうところまでは法律的には求めていないのです。
<労働者X>
なに~~!負けました。(配転命令も有効になったし、それに従わなかったから懲戒解雇になっちゃった・・・)
おしまい♪♪
参考:
2-2 「配置転換」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性|裁判例|確かめよう労働条件:労働条件に関する総合情報サイト|厚生労働省
いかかでしたか?
配転命令が有効なときと無効なときの論点は「配転命令による不利益が通常甘受できる程度のもの」かどうかという点にありそうですね。
前回ご紹介したネスレジャパンホールディング事件では労働者側には、
親の介護という名目が考慮されていましたが、今回の東亜ペイント事件では介護や子の養育といった特別な事情が見受けられませんでしたね。つまり、この労働者Xに与える不利益はそれほど大きいものではないし、我慢できるでしょ?という裁判所の判断です。
そのため、ケースバイケースではあるといえますが、ひとつの参考にはなるのではないかと思います。
裁判例をご紹介しようとすると、どうしても長文になってしまいますが、
お付き合いしていただいた方ありがとうございました。
また、皆さまのお役に立てるような裁判例がありましたら、ご紹介しますね!