高杉の!読みすぎ!書きすぎ!しゃべりすぎ!(仮)

読んだ書籍について紹介するブログ。時折、労働法関連についても役立ちそうなことを紹介します。

読みすぎ記録No.13【「人望力」の条件/童門冬二】~part.2~

どうも、高杉です。

本日も「高杉の!読みすぎ!書きすぎ!しゃべりすぎ!(仮)」にお越しいただきありがとうございます。

もう6月半ばですね。2019年も半分を過ぎました。
時の流れは早いですね。

 

っていう形式ばった挨拶は置いといて・・・

 

本日ご紹介する読みすぎ記録は、
前回に引き続き「人望力の条件」(童門冬二)よりpart.2をご紹介します。

 

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あらためて、本書の構成についてご紹介しますね。

 

本書では「人望力」を5つの要素に分けて紹介しております。
①人間通 -人を見きわめる、人を動かす-
②世間通 -情報に通じる、時代を読む-
③経済通 -無駄を省く、生きた金を使う-
④影響力 -個性を見抜く、人を育てる-
⑤人間力 -自分を育てる、人間の器を大きくする-

当ブログでは、この5つについて5回に分けてご紹介してまいります。ちなみに順不同でご紹介します。(理由はとくにありません。私の気分です(笑))
前回は④影響力についてご紹介しました。

www.takasugi-room.com

 

本日は「人間通」の章をご紹介します。

 

その前に、再度、このような方にオススメしていますので、
皆さんにあてはまらなくても、皆さんの身近の方にご紹介してみてくださいね。
(私は上司にさりげなく紹介しておきましたよ。深い意味はないですよ。上司のマネジメント能力に不満があるとかそういうのではないですよ、いや、ほんとに(笑))

 

こんな方にオススメ!
  • 組織内において指導職についている人(主任・係長)
  • マネジメント職についている人(課長・部長)
  • 経営者層の人(取締役以上)
  • 学生対象に教育指導を行う人(教師・塾講師)
  • 童門冬二さんを愛してやまない人(笑) 
人間通 ー人を見きわめる、人を動かすー

 この章では「人間通」について、このように紹介しています。

人望力の要諦の第一は人間通である。人間通とは、人に通じていること、すなわち人間というものをよく知っていることである。人間に通じていればこそ、相手に応じて人を見きわめることができる。人を見きわめてこそ、どうすれば相手が動くかがわかる。上に立つ者は、ときに応じて、人を叱って指導しなければならないが、怒るのではなく、相手のために叱るには、人を見きわめることができる人間通でなければならない。ほんとうに自分のために働いてくれる人がいてこそ、人望力は生きる。

と、概要を示した上で、歴史上の人物のエピソードを通して、3つの節にわけて紹介しています。

第1節 人を動かす
第2節 怒らずに叱る
第3節 人を見きわめる

というものです。

とりわけ、第2節の「怒らずに叱る」は、仕事上だけでなく、パパさん・ママさんの参考にもなると思いますので、ぜひご参考ください。

 

さて、「叱る」「怒る」って似ているようで、どうやら違うようです。
では、どのように違いがあるのか。童門冬二さんはこのように記載しています。

叱る—リーダーが、相手に愛情をもって潜んでいる可能性を引き出そうという気持ちを込め、きびしい態度で臨むこと。

怒る—相手に悪感情をもって、憎しみや怒りの感情を露骨に表して相手にきびしく迫ること。この場合は、相手の可能性を引き出すよりも、むしろ自分の感情発散と一種の自己満足を得ることを目的としている。 

とあります。

これ、皆さんも経験したことありませんか?
叱る(怒る)側でも叱られる側(怒られる側)でも経験があるのではないでしょうか?

職場などでも上司が怒鳴っている内容を聞くと、
私はこの点をとてつもなく敏感にかぎ分けています。

本当に相手側の成長を思って伝えようとしているのか
自分の心の中で盛んに燃えている怒りの感情をどこかにぶつけたくて言っているのか。
余談ですけど、感情にまかせて「怒る」人に限って、普段は「愛情があるから厳しく言っちゃうんだよなぁ」と言ってる方が多いように思います。

(これ、気付かずパワハラ加害者になりかねないよ!)

 

まぁ、それはともかくとして、こんも「叱る」「怒る」との違いを踏まえて、
黒田如水のエピソードから「叱る」ことの効能をご紹介しましょう。
(黒田如水とは、数年前にNHK大河ドラマでも取り上げられた「黒田官兵衛」のことです。岡田准一さんが演じていましたね。もう5年前なんですね!)

 

黒田如水の部下で雑務を行う、竜若(たつわか)という若者がいた。
竜若はよく働くが、独りよがりで動作が乱暴。
その竜若が黒田如水の大切な道具を壊してしまった。
黒田如水は「懲らしめのために3日間、柱にしばりつけておく」と命じた。
数時間後に、黒田如水が縄を解く。
当然、竜若は「あれ?許してもらえるのかな?」と期待する。
すると、黒田如水は竜若に対して、「知人が良い瓜ができたから届けたいと言っているそうだ。こちらから受け取りに行ってこい。」
と命じる。

そして、お使いから帰ってきた竜若に「ごくろうだったな。お前も食べろ」とニコニコしながら瓜を一緒に食べた。
竜若が瓜を食べ終えると、「ここへ来い」と言って、再度、柱に縛りつける。
竜若は「許してくださるのではないのですか?」と黒田如水に尋ねる。
黒田如水は「いったはずだ。おまえの罰は3日間柱に縛り付けることだと。」と言う。
当然、竜若だけではなく、側近の者たちも不思議に思ってしまう。

その後も何かと小さい用事につけて、竜若の縄を解き、お使いから帰ってくると再度縛り付ける、ということを繰り返した。

竜若は観念して、黒田如水の真意を考え始める。
「そうか。如水様は俺が憎いのではない。俺の動きが乱暴だからそのことを戒めようとしているのだ。そのためには俺自身に根気が必要だから、俺から根気を引き出そうとしてくださっているのだ。だからすぐ罪を許すのではなく、宣言通り3日間縛りつけることが大切だとお考えに違いない」と。

そして、3日目の夕方に黒田如水が「どうだ?懲りたか?」と竜若に問う。
それに対し、竜若は「はい。お教えが身に染みました。これからは乱暴は致しません」と返答したという。

側近は「なぜ3日間縛りつけにせずに、縄を解いて用事をお命じになったのですか」と尋ねた。
黒田如水は答える。「別に理由はない。縛りつけにしておいたら、あいつの腕に縄の跡がついていつまでも消えないだろう。かわいそうだから、ときどき解いてやっただけだ。あいつは根は善良の人間だ。目をかけてやれ。」

それからというものの、竜若の行動は柔軟さが身につき、自分の中にある別な能力を引き出すようにして喜んで仕事に取り組んだそうだ。

 

最後に

黒田如水の器の大きさには脱帽してしまいますね。

何よりも怒鳴りつけるなどではなく、部下(子ども)の持っている能力を引き出そうとする自己啓発・考える機会を与えるということが「叱る」ということなんでしょうね。 

叱るとか褒めるって、相手の動きが良い方向に変わることが前提だと思うんですね。
その点を意識しなかったら、単なる自己満足になってしまうんですよね。
そして結果的に、叱る・褒めるという本来の手段がいつのまにか目的にすり替わってしまうことって多いように感じます。

私自身も相手に注意を促すときは気を付けるようにしています。
叱られる(怒られる)側の人だって自分が悪いことなんてわかっているんですから、反省しようとする心があるはずなんですよね。
けど、必要以上に責め立てられたら、反省する気持ちを超えて、それこそ憎しみや怒りの感情が湧きたつものが人間というものではないでしょうか?

やはり、そのことを考えると、上司(親)の影響ってのは大きなものだと思います。

皆さんも「叱る」「怒る」を上手に使い分けてくださいね~

 

それでは、またやーさい(@^^)/~~~